2012年

10月

13日

「やり直し」をやめる

*わたしのTwitteより。その10*

 

ちがえたところ、音が外れたところを「吹き直す」「やり直す」のをきょう、試しに本気で「やめて」みた。

これまで、アレクサンダー・テクニーク教師になるためとしては世界でも一番理想的で優れたトレーニングを受ける幸運に恵まれたBODY CHANCE というスクールです )おかげで「アレクサンダー・テクニーク教師としてやっていく」のに不安がない。

レッスンを教えていて何かうまくいかなかったり、感情が揺れたり恐怖を感じたりすることはしょっちゅうある。でも、それに建設的に対処し必要なら立ち止まり、「起きた」ことを抑圧したり見ないようにしたりせずに、早い段階で「受け止める」「体験する」ことができる。受けたトレーニングのおかげで。

 

 

アレクサンダー・テクニーク教師としては、色んなプレッシャーや恐れ、不安に適切に対処していけているのに、ホルン奏者としては非常に恐れや不安に捉われていた。

この「差」を私は2年程前から感じていて、「きっと自分は演奏者としての才能より、教育者としての才能に恵まれたんだろう」ということにして納得しようとしていた。

でも、それはちがうようだ。実際には、「教育者」になるために受けた「教育」や居た「環境」には非常に恵まれ、一方で「ホルン奏者」になるために受けた教育や環境は決して「良い」とは言えない物事が数多くあった。

そうして私が「ホルン奏者」としては、恐怖・不安・自己不信・自己否定・緊張を蓄積してきたのだ。

どんな出来事や失敗でも、「アレクサンダー・テクニーク教師」としてはしっかりそのまま「受け止め」「体験する」ことが出来ているのに、ホルン奏者としてはあまりにも失敗や自分の能力の無さを恐れている。

きょう、練習する前にふと「それなら、どんなことが起きても、音が外れても、想定外に力んでも、ただただ受け止めその体験を味わいきってみたら、どうなるだろう?」と思い至った。

すると、自分がいかに、「音が外れる」ことを恐れ、そして音が外れると「自分を責め」、「無かったことにする」ために「吹き直す」ということをやっていたかが見えた。

そういうわけで「吹き直す」「やり直す」のをやめてみたのだ。

すると、これまでどうしても「手放す」ことができなかった、発音をする一瞬前の「緊張」がすごく少なくなった。

そして、スタミナが増した。というよりは、「消耗しなくなった」感じがする。

バテててしまったら、それはそれで構わない。バテて音が外れたら、それはそれで構わない。その出来事を「体験」し「受け止め」て「味わう」。必要なのはそれだけ。

考えてみると、「音を当てる」ための身体的コントロールは、決して「意識的」作業とは言いきれない。無数の情報処理が脳と身体に起き、それによって「望んでいる音」を生み出す身体的な動きが生み出されているのだから。

音が外れたのなら、外れた瞬間にそれは分かる。それで十分なのだ。「やり直す」必要はない。なぜなら、外れたのならその出来事の体験が貴重な情報となり、「意識」ではない部分(非常に大きな部分)の心身システムが次は「より正確」にやってくれる。放っておけば。

その「外れた」「失敗した」という出来事を「否定し」し「覆い隠す」と(ちなみに、そのとき身体を緊張させている)、心身システムは情報が得られない。なので、改善や変化のチャンスを失うわけだ。

きょうは本当に身も心もラクになった。吹き直さなくていい。やり直さなくてもいい。出来事を、失敗も不安も緊張も、「受け止め」「体験する」。そして、その情報をもとに「次はさっきより何らかの面でうまくやってくれる」と自分の心身システムを「信頼」すればそれで事足りるのだから。


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