モチベーションの「合う・合わない」

近頃、分かってきたことがあります。それはモチベーションを誤ると、どれだけ正しいことや良いはずのことでも緊張や苦しみが生まれ、マイナスに働く場合があるということです。

 

何かに取り組む、何かを継続的にやっていくことには、エネルギーが必要です。そのエネルギーを沸き上がらせるものが「モチベーション(動機)」です。

 

モチベーションが必要なものの代表格が「楽器の練習」です。

 

思い描く音楽を演奏できる能力を身につけて行く事は、長い年月がかかります。長期間に亘って質のともなう練習を続けて行こうと意図した時に直面する「難しさ」は、多くの人がご存知でしょう。

 

音楽への愛や良い演奏をしたい気持ち、うまくなりたい気持ちを私たちはみな持っています。だからこそ、練習の必要性と重要性を実感しています。まさにそれ故に、良質な「練習」を継続していくことの難しさを知ります。

 

練習に向かうためには何かしらの誘因、きっかけが必要です。それが「モチベーション」です。練習を続ける大事さを深く分かっているので、モチベーションの重要性も体験的に誰もが知っています。なので誰しもが色々モチベーション源を探します。

 

このとき、モチベーションは色々有り得ても、モチベーションによって自分に「合う・合わない」があるのではないか、というのが私の最近の仮説です。

 

 

 

自分に「合う」モチベーションを知る事ー。

 

それが長期にわたって練習の質を保証し、前向きに楽しく練習に向かわせてくれる重要なポイントではないか、と思います。

 

いま世の中では、ある特定のタイプのモチベーションの「露出」が多いといいますか、公式に教えてもらう機会のモチベーションがいくつかあります。

 

例:

  • うまくなりたい
  • 一番になりたい
  • コンクールで勝ちたい
  • 良い演奏をしたい
  • オーケストラに入りたい
  • オーディションを勝ち抜きたい
  • 恥をかかないようにしたい
  • 感動を与えたい

 

etc....

 

 

これらはいずれも正当なモチベーションであり、本来的にどれも良いとか悪いとかはありません。いずれも立派なモチベーションです。

 

しかし、練習のモチベーションと言うと、これら以外にさほどモチベーションの種類が語られることはなく、世の中では「より正しい」モチベーションであったり、「持つべき」モチベーションがあるかのうような印象で物事が語られています。知らず知らずのうちに私たちはある限られた種類のモチベーションを選ばされたり、モチベーションの種類に関して良し悪しやランクを付けてそれに基づいた選択をする傾向にあるのです。

 

どのモチベーションも、いずれもちゃんと機能します。短期的にはいずれもモチベーションとしての役割を果たし、前進する力を与えてくれます。

 

ですが、モチベーションには個人的な「合う・合わない」「向き・不向き」があるのかもしれなのです。

 

楽しいはずの練習が苦痛になったり、論理的に考えてこれをやればうまくなるはずなのにそれをやっているとどうも身体が硬くなって行き詰まってしまうー。

 

そういうことを私自身は何度も何度も体験してきました。そしてアレクサンダー・テクニック教師としてより数多くの音楽家・音楽愛好家に関るにつれて、想像していたより遥かに多くの人たち(8割以上のひと!)が全く同じような壁を体験したことがあったり、ぶつかっている最中だったり、その壁を乗り越える道筋が見出せず疲れ切って失意の中にあったりするのです。

 

これはやはり、知らず知らずのうちに、「自分に合わないモチベーション」に頼っているかららしいのが分かってきました。

 

厄介なことに、モチベーションの個性や多様性といった観点は「楽器の練習」の効率性や質という分野において全く言及がされてきていません(少なくとも私の知る限りでは)。すると、知らず知らずのうちに自分に合わないモチベーションを選択してそれに基づき練習に取り組んでいたら、そのうち行き詰まったり心身の苦痛という形で齟齬が現れたとしても、一体なんなのか全く分からず、自らの技量・音楽性・意志力・才能の無さを嘆いたり自己否定したりするばかりで、好きなはずのことが嫌いになってしまい心に大きな傷となってしまうことがあるのです。

 

自分に合うモチベーションとは何なのか−。これを言語化することや明文化することは私自身、まだまだできていません。モチベーションに冠する言語の種類がそもそも少ないし、一般的にはモチベーションとして捉えられていないことも、自分にはぴったりのモチベーションである可能性があります。

 

そこで私は現在、自分に合わないモチベーションを手放すという作業を進めています。これが自分に合っているモチベーション、自分本来の「楽器をやる意味」に確実に近付けてくれているのを実感しています。そうすると、とてもとても解放された気分になります。肩の荷が降りて、心身の負担が減り、それがとりもなおさず技量や音楽性の向上に直結しているのです。

 

 

最近だと、世界的に著名なホルン奏者、ラデク・バボラク氏の演奏を見たときが象徴的な例でした。アレクサンダー・テクニーク教師という「身体の使い方」を教える仕事柄、演奏家が何をしていてどんな演奏技術を持っているか、見ていて色々と分かってきます。

 

なるほどー、バボラク氏はこうやってホルンを演奏しているな、そうかこういう技術的要素から成り立っているな、といった具合に。

 

バボラク氏、本当に素晴らしい音色と音楽を奏でます。誰もが羨むような。たくさん良い刺激をもらえます。

 

翌日、楽器の練習を始めると前日みたバボラク氏の印象や吹き方の理解が脳裏に残っています。それで、そのイメージを考えながら使いながら練習していました。

 

…するとどうも、嫌になってきました。なんだか身体が硬くって、自分のできないところや才能の限界にばかり目が行ってしまいます。

 

モチベーションの選択を間違えたのです。

 

バボラク氏の演奏に大いに刺激を受けるところまではよかったのです。色々と「分かる」「なるほど、と思える」ことは演奏を見たり聴いたりする「モチベーション」のひとつです。(そう、音楽を聴くモチベーションは純粋に音楽を楽しむためとか、曲を勉強するため、でなくてもいいのです!)

 

しかし練習のとき私はどこかで「バボラク氏のように演奏したい」というモチベーションを使っていました。これが私には合っていなかったのです。

 

ひとによっては、憧れのプレイヤーを真似したり、研究してなぞりながら練習することが一番ピッタリのモチベーションとして機能します。だからそれが「悪い」わけではないのです。私も「練習したい」と思わせてくれるところまでは「誰々のように演奏したい」というモチベーションは有効です。でも実際に練習するときは、私には別のモチベーションでないといけません。

 

私自身にピッタリくるモチベーションが一体何かはまだ言語化できていません。しかし、本当に自然に心から「あ、楽器を練習しよう!」と感じるときがあり、それを使って練習すると、とても前進します。スッキリします。

 

そこには、探究心、知的好奇心、実験精神、そして自己肯定があります。「これでいいんだ」という気持ちがともなっています。このままでいんだ。さてきょうは一体どんな変化があるかな、どんなことが起きるのかな、ワクワクするなー。そういう気持ち。練習が終わったあとの解放感が楽しみー。そういう気持ちも混ざっています。

 

私が今まで「不採用」することにした「モチベーション一覧」です。これはあくまで私には合わなかったもの。私には緊張や苦しみをもたらし結局は前進する効率性を下げたものの一覧です。このリストはひとによって全く変わって良いことを留意してご覧下さい。

 

  • うまくならねば
  • うまくなりたい
  • 自分の練習をひとに還元する材料にする
  • 下吹きとして完璧になりたい
  • 上吹きとしても仕事もこなせるようになりたい
  • オールラウンダーになりたい
  • 音色を磨きたい
  • 正確に演奏できるようにしよう
  • 練習にきちっと取り組みたい
  • 毎日やることを大事にしよう
  • 良い演奏を届けたい
  • 目立ちたい
  • かっこいいところを見せたい
  • ソツなくやりたい
  • 確実性を高めたい
  • キレイに演奏したい

 

etc....

 

 

私にとってこれらが「不採用」になった理由は単純明快。苦しかったからです。そして、不採用にするとスッと気持ちが楽になり、逆になんだかしっくり手応えある練習ができたからです。これいいんだ、と前向きなれたからです。実際に、うまくなれたからです。

 

 

繰り返しますが、自分に合うモチベーションは本当にひとそれぞれ。

 

言語化する試みはきっと役立ちます。と同時に、言語化に手こずるうちは、正直に言うと苦しかったり重かったりするものはどんどん「不採用」にして肩の荷を降ろましょう。それで残るものがダイヤの原石です。

 

 

 

 

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ジュリアード音楽院やギルドホール音楽院、バークリー音楽院から英国王立音楽大学など世界のトップレベルの音楽教育機関で、演奏家の才能を守り育てるために必須となっている心身教育メソッド「アレクサンダー・テクニーク」。無料メルマガですが、配信内容は豊富で出版されているあらゆる本より分かりやすく、役立ちます。

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コメント: 6
  • #1

    kaorin (火曜日, 24 7月 2012 07:07)

    バボラクさんのモーツアルト・ホルン協奏曲の動画、私もとても楽しく見ていました。バジルさんやホルン奏者の人が、うまくなってこういう風に吹きたいのか、と一人合点していました。
    いいお手本でも、モチベーションには合わなかったんですね。それが見つかったら是非教えてください!

  • #2

    阿部 真美 (火曜日, 24 7月 2012 10:00)

    なるほど、面白い視点での洞察ですね。ある程度メンターとしての目標を持つ(例えばバボラクのようになりたいと思って彼の演奏している姿、演奏を真似する)ということを否定してはいけないとおもいますが、それが、上達の妨げになるというのはよくあることですね。
    それをモチベーションの採用、不採用という観点で考えて行くよいことだと思います。上手くなりたい。それがどういう風に上手くなりたいのかということを自分自身と対峙していくことが重要かと思います。

  • #3

    メッツォフォルテ (水曜日, 25 7月 2012 07:24)

    これだったのだ!

    アレクサンダーをやりだして音がどんどん変わってきてたのに・・・・・・
    以前弾けたはずの曲が弾けない、音がうまく出せない。
    今までに無いくらい足に痛みが出てきた。
    何だかドつぼにはまってしまった・・・・・・・


    先日キャシーさんに言われました。
    『習い始めの時に、足でしっかりと身体を支えると習いましたか?』と。
    新しい弾き方と、ほかした筈の以前の弾き方が、
    混じってしまって、私の中で戦っていたみたい。

    その理由が解らなかったのですが、『以前弾けた』という所から出発してしまったのが、原因ですね。
    今の感じ方、弾き方でやってみます。

    ありがとうございます。

  • #4

    バジル (水曜日, 25 7月 2012 08:56)

    kaorin さん バボラク氏はあまりにも上手すぎて、ホルン奏者たちの間では「真似できない!」という共通認識がありそうなぐらいです(笑)バボラク氏は本当に空前絶後の美しい音色と自由さ、音楽性を備えています。

    私の場合は、大学で5年間師事いていたホルンのフランク・ロイド先生、彼も世界的なソリストで技術はおそらく世界トップ3に入るすごい人です。彼の至近距離にいつもいれたのは、非常に大きな財産です。学んだ事、得たアイデアは本当に大きい。

    でも、どこかで「先生のように吹かねばならない」はありました。アレクサンダーのトレーニング始めて続けるうちにそれが無くなって行きましたが、無くなって行くにつれてラクになりましたし、自分にとってはより良質な技術を見出すことになりました。

  • #5

    バジル (水曜日, 25 7月 2012 08:58)

    阿部真美さん おはようございます。メンターは大事ですね。先のコメントにも書きましたが、フランク・ロイド先生に5年間学べたのは本当に大きかったです、私も。メンターは自分の枠の外を見えるようにしてくれる存在です。(参照:http://basil-horn.blog.so-net.ne.jp/2012-05-24)

  • #6

    バジル (水曜日, 25 7月 2012 09:00)

    メッツォフォルテさん おはようございます。それは大事な発見をされましたね!以前はできたのに.... うん、これはすごく影響力の大きな思考でありながら、多くの場合はマイナスに働いてしまいそうですね。